この記事の要点

  • モデルの能力はすでに企業の活用度を大きく上回っている。ボトルネックは技術ではなく、プロンプト習熟・AI前提の協業ルール・データアクセスと権限・役割定義という「企業側の4つの壁」
  • Google自身も同じ壁にぶつかっており、全社一斉ではなく「同心円」方式で段階的に普及させている。切り替えの速い中堅・中小企業には、むしろ構造的な好機
  • Pichai氏はエンジニアリング以外の業務(業績予測など)へのAI波及について「2027年が重要な変曲点になる」と予測。準備は2026年中に始める必要がある

前回の記事では、Sierra CEOのBret Taylor氏による「AIの生産性の最小単位は人ではなくプロセス」という議論を紹介しました。今回はその続編です。同じポッドキャスト「Cheeky Pint」(Stripe共同創業者John Collison氏がホスト)に、GoogleとAlphabetのCEO、Sundar Pichai氏が登場しました。

Googleは2026年に1,750〜1,850億ドル(1ドル150円換算で約26〜28兆円)という桁外れの設備投資を計画しています。1年前には「検索はAIに食われて終わり」とまで言われた会社が、いまやモデル・チップ(TPU)・クラウド・アプリケーションまで垂直統合したAI競争のリーダーへと、評価が一変しました。その渦中のCEOが、対談の終盤で意外なほど率直に語っていたのが「AIの能力は余っているのに、使う側が追いついていない」という問題です。

「知能の余剰」──モデルではなく、企業側がボトルネック

この論点を持ち出したのはホストのCollison氏でした。彼はいまの状況を「intelligence overhang(知能の余剰)」と呼びます。AIが抽象的な能力としてできることと、企業が実際に引き出せている価値との間に、大きな段差があるという指摘です。

AIモデルの能力と企業の活用度の差分が「知能の余剰」。差を埋めるのは企業側の仕事

彼が挙げた壁は4つ。どれもStripeという世界有数のテック企業が現在進行形で直面しているものです。

壁1: プロンプト習熟には二層ある。 AIへの指示がうまくなるには時間がかかる。しかも「一般的なプロンプトのうまさ」と「自社の業務・ツール固有のうまさ」は別物で、後者は社内にしか蓄積されない。

壁2: AI生成コードは共同作業が難しい。 AIを使うとコードの書き換え速度が上がりすぎて、リリース前に何度も書き直される。変更の影響範囲が広く、複数人で同じコードベースを触る従来の協業モデルが揺らぐ。

壁3: データアクセスと権限設計。 「この商談いまどうなってる?」という、社内の誰かが毎日聞いている質問にAIが答えるには、データへの接続だけでなく「誰がどのデータを見ていいか」の権限エンジンを作り直す必要がある。

壁4: 役割定義が前時代のまま。 エンジニア・PM・デザイナーという役割分担は、AIがそれぞれの領域をこなせるようになった今、部分的に統合を迫られている。

前回のTaylor氏の「組織図を出荷している」という診断と、きれいに重なる構図です。1つ目と4つ目は人と組織の問題、2つ目は開発プロセスの問題、3つ目はデータ基盤の問題。いずれもモデルの性能とは関係がありません。

Googleですら「同心円」でしか広げられない

興味深いのは、これに対するPichai氏の答えが「その4つはまさにGoogle自身が社内でぶつかっている壁だ」という趣旨だったことです。

Google社内でのAI活用は、全社一斉ではなく同心円状に広がっているとPichai氏は説明します。中心にいるのはGoogle DeepMindと一部のエンジニアリング組織で、エージェント型開発環境(社内名Jet Ski、製品名Antigravity)の上で働き方そのものを変えつつある。それを検索チームなど外側の円へ順に展開していく。対談の直前に、ようやく検索チームへの展開が始まったばかりだそうです。

あのGoogleでさえ、です。理由としてPichai氏が挙げるのは、大組織のチェンジマネジメントの難しさに加えて、セキュリティと「ミスのコスト」。数十億人が使うサービスを運営する会社では、エージェントに権限を渡す設計を軽々には進められない。

一方で彼は、こうも認めています。AIネイティブな体制を採用段階から作れる若い会社のほうが、移行は構造的に速い。大企業は再教育と組織転換という固定費を払わなければならない、と。これは日本の中堅・中小企業にとって、そのまま裏返しの好機です。レガシーな権限体系も、部門ごとの縦割りも、小さい組織ほど作り直しが速い。「大手が先に行って、後から真似をする」という定石が、この技術に関しては成立しない可能性があります。

2027年が変曲点──エンジニアリングの外へ

対談の白眉は、Collison氏のこんな質問でした。企業は年に数回、事業計画の再予測(リフォーキャスト)を行う。各事業の状況を集めて数字を更新する、いわば「その時点の会社の状態を入力すると計画が出てくる関数」だ。人間が一切介在しない、完全エージェント型の再予測をGoogleが最初に回すのは、いつの四半期か?

Pichai氏の答えは「いくつかの領域では、2027年が重要な変曲点になると見ている」。しばらくは人間が従来のやり方で検算し、どこかで主従が入れ替わる──という移行イメージまで添えて、です。

これは業績予測だけの話ではありません。コーディングという先行領域で起きたことが、経理・予測・レポーティングといった非エンジニアリング業務に波及する時期の見立てです。Pichai氏自身、すでに経営情報の収集にエージェントを使っていると明かしています。新機能をローンチした後、「これについての評判のワースト5とベスト5を教えて」と社内システムに向かって打ち込む。以前なら状況把握に何時間もかけていた作業です。

彼はこの使い方を、AIが企業内のあらゆるデータの上に載る「オーケストレーション層」になる、と表現します。かつてなら大規模なERP統合プロジェクトが必要だった「社内データを1か所から見る」という体験を、AIが接続層として肩代わりする。前回記事で紹介した「3系統のCRMを統合せずAIに考えさせる」という話と、同じ未来を指しています。

おまけ: 「計算資源」が人件費と並ぶ予算科目になった

もう一つ、経営者に示唆的だった小ネタを。Pichai氏は現在、週に1時間、プロジェクト別・チーム別の計算資源(コンピュート)配分を確認する時間を確保しているそうです。かつてテック企業のR&D予算とは、ほぼ人件費のことでした。いまやGoogleではヘッドカウント予算と並んで計算資源予算が管理され、CEOがその配分を毎週見る。

背景には2026年の深刻な供給制約があります。メモリ、ウエハ生産能力、電力、データセンターの許認可──Pichai氏いわく、Googleは金があっても物理的に投資を積み増せない状態で、「必要な数の電気工事士すら確保できない」。潤沢なはずの巨人ですら計算資源の取り合いをしている時代に、限られたAI予算をどの業務に張るかという配分の巧拙は、企業規模を問わず効いてきます。

明日から何をするか

Pichai氏の議論を、前回同様3つに翻訳します。

1. 壁の点検を「自社側」から始める。 モデルの性能を疑う前に、4つの壁──業務固有プロンプトの蓄積(スキル化)、AI前提の協業ルール、データアクセスと権限、役割定義──のどこで詰まっているかを棚卸しする。

2. 同心円で広げる。 全社一斉導入はGoogleですらやっていない。変化の速いチーム・プロセスを中心の円に置き、そこで貯めた運用知見を外の円に移植する。前回の「プロセス起点」で選んだ1本目のプロセスが、そのまま中心の円になります。

3. 2027年に向けて、2026年中に非エンジニア業務の地ならしを。 予測・経理・レポート業務がエージェント化される変曲点が来るなら、先に必要なのはデータの接続と権限の整理です。ここは効果が出るまで時間がかかる分、着手の早さがそのまま差になります。

「知能の余剰」という言葉は、裏を返せば、いま手元にあるAIをまだ使い切っていないという意味です。モデルの次のバージョンを待つ理由は、少なくとも普及の壁を越える作業に関しては、何もありません。


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出典: Cheeky Pint「The history and future of AI at Google, with Sundar Pichai」
https://cheekypint.substack.com/p/the-history-and-future-of-ai-at-google